山が待っている。

「流産」という山から、わが子を腕に抱いて下山できました。どんな山も無事に下山できるように。ひとつひとつをクリアする過程を書いていきます。

進行流産 =帰宅後=

病院でタクシーを呼んでもらい、2人で帰った。
赤ちゃんは他の組織と一緒に病理検査に出されることになった。夫が「看護師さんが最後のお仕事をしてもらいましょうねって言ってたよ」と教えてくれて、そのことを知った。
家に連れて帰ってもどうしてよいかわからなかったと思う。看護師さんの優しい言い回しに救われる気がした。

おむつのようなショーツ型のナプキンを履かせてもらった時は夫と少し笑ったけれど、そのおかげで帰りの車内ではシーツを汚す心配はしなくてよかった。
家に着いたのは5時くらい。明け方の町に少しずつ人影が増えているように見えた。

家に着いてすぐ、母に電話をした。隣の部屋で夫も実家に連絡をしていた。
電話で母が何と答えたのか覚えていない。ただ、母の声を聞いた瞬間、今まで出なかった涙が止まらなくなった。
楽しみにしていた赤ちゃん、産めなくてごめんね。言葉にはしなかったけれど、心の中で母にそう言ったのは覚えている。
すぐに義母からもLINEが届いた。「すぐに抱きしめてあげたいけれど、それができなくてごめんね。代わりに涙を引き受けたい。」と言ってくれた。
私もたくさん泣いて乗り越えます、と伝えた。そうしないと、きっと笑顔になれる日は来ないと思ったから。

夫は朝から出勤だったので、そこから2時間、血で汚れたトイレをきれいにしたり、洗濯機を回したり、お風呂を洗ったり、動き回っていた。少しでも寝てほしかったけれど、夫は眠りたくないと言って、てきぱきと動き回って私がうとうとしているのを見ながら出勤していった。
外は雨だったので、この日はずっと雨戸を閉めていた。

ふと目が覚めると夫が帰ってきていた。お昼までの半日出勤だったので、彼はそこから夜まで泥のように眠った。
リビングに敷いた1枚の布団に2人で寝た。
温かくてほっとした。

夕方、前々からの用事があって出掛けているはずの母から電話があった。
「これから少し顔を見に行ってもいい?」
そんな、こちらに負担をかけないような母らしい言い回し。
りんごといちごを持って来てくれた。とてもいい香りが部屋に広がる。その中で母と抱き合って泣いた。声を上げて泣いた。
「辛かったね。悲しい気持ちを全部吸い取ってあげたい。私が代わってあげられればいいのに。」
 母の優しさに包まれて、今まで抑え込まれていた悲しさが解けて流れ出るように感じた。

雨戸の閉まった薄暗い部屋で、母に赤ちゃんの写真を見せた。
「かわいいねぇ」
そう言いながら何回も写真を見て、スマホの画面を2人で撫でる。
夫を待って出てきて(生まれてきて)くれたことに感謝した。母子手帳を一緒に見たり、流産した時の様子を話したり。
泣きながら、涙目で笑いながら。静かな時間が流れていく。

1時間ほどで母は帰り、私はまた夫のいる布団にもぐった。